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「存在する」とは(つづき) [『唯信鈔文意』を読む(その38)]

(9)「存在する」とは(つづき)

 もし「存在する」というのは「存在することが知られている」ことだとしますと、知っている人には存在するが、知らない人には存在しないということになります。コロンブス以前のアメリカ大陸は、ヨーロッパ人には存在しなかったが、原住アメリカ人には存在していたということです。それを承認していいかどうか。
 一方、もし「存在する」というのは「知る、知らないに関係なく存在する」ことだとしますと、誰も知らなくても存在するものがあることになります。さて、誰一人知らないものを存在すると言うことができるかどうか。少なくとも一人がその存在を知ってはじめて存在すると言えるのではないでしょうか。
 以上のことを綜合して考えますと、あるものが「存在する」とは、少なくとも一人はその存在を知っていなければならないが、その人にしか知りえないのではなく、誰でも知りうるという条件が必要だ、となりそうです。アメリカ大陸をコロンブス以前のヨーロッパ人は知らなかったのですが、でも(コロンブスのようにすれば)知りえたわけですから、アメリカ大陸はヨーロッパ人にも存在していたと言わなければなりません。
 さてでは、突然ですが、幽霊は存在するかどうか。幽霊が存在するというためには、誰かが「幽霊はいる」と証言していること(これはそのへんにザラに転がっています)に加えて、誰でも幽霊の存在を知りうるという条件を示さなければなりません。
 この問題を巡って、スピリチュアル系の友人とかなり激しい論争になったことがあります。キュブラー=ロス(臨死体験を研究した精神科医)の『人生は廻る輪のように』という本の中に、彼女が幽霊をまざまざと見たという話が出てくるのですが、これが争いのもとでした。


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