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慈愍三蔵の文 [『唯信鈔文意』を読む(その62)]

               第5回

(1)慈愍三蔵の文

 振り返っておきますと、聖覚は「名号をもてあまねく衆生をみちびかむとおぼしめすゆへに」第十七願が立てられたと述べ、それを示すものとして法照の「如来尊号甚分明 十方世界普流行 但有称名皆得往 観音勢至自来迎」を引いたのでした。そして次に第十八願へと話を進めます。
 第十八願とは「念仏往生の願をおこして十念のものをもみちびかむ」とするものであり、名号はわずか三字(阿弥陀)だから「行住坐臥(ぎょうじゅうざが)をえらばず、時処諸縁(じしょしょえん)をきらはず、在家出家、若男若女、老少善悪の人をもわかず、なに人かこれにもれむ」と述べ、その傍証として次の慈愍三蔵(じみんさんぞう)の文を引くのです。

  彼仏因中立弘誓(ひぶついんちゅうりゅうぐぜい)
  聞名念我総迎来(もんみょうねんがそうこうらい)
  不簡貧窮将富貴(ふけんびんぐしょうふき)
  不簡下智與高才(ふけんげちよこうさい)
  不簡多聞持浄戒(ふけんたもんじじょうかい)
  不簡破戒罪根深(ふけんはかいざいこんじん)
  但使回心多念仏(たんしえしんたねんぶつ)
  能令瓦礫変成金(のうりょうがりゃくへんじょうこん)」

 読み下しますと、こうなります。
 「かの仏の因中に弘誓を立てたまへり。名を聞きてわれを念ぜばすべて迎へ来らしめん。貧窮と富貴とを簡(えら)ばず、下智と高才とを簡ばず、多聞と浄戒を持てるとを簡ばず、破戒と罪根の深きとを簡ばず。ただ回心して多く念仏せしむれば、よく瓦礫をして変じて金と成さんがごとくせしむ」(これは『教行信証』行巻の読みです)。
 聖覚はこの文についても引用するだけで何も語ってくれませんので、親鸞が丁寧に注釈を施していくのです。かなり長い文ですので、3段に分けて読んでいきたいと思います。因みに慈愍三蔵という人は唐代の僧で、善導流の浄土教に禅の要素を加え、独自の慈愍流念仏を創始した人として知られています。


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