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『唯信鈔文意』を読む(その90) ブログトップ

本文11 [『唯信鈔文意』を読む(その90)]

(14)本文11
 
 「能令瓦礫変成金(のうりょうがりゃくへんじょうこん)」といふは、能はよくといふ、令はせしむといふ、瓦はかわらといふ、礫はつぶてといふ、変成金は、変成はかへなすといふ、金はこがねといふ。かわら・つぶてをこがねにかえなさしめむがごとしとたとへたまへるなり。れうし・あき人、さまざまのものは、みな、いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり。如来の御ちかひをふたごころなく信楽すれば、摂取のひかりのなかにおさめとられまいらせて、かならず大涅槃のさとりをひらかしめたまふは、すなはち、れうし・あき人などは、いし・かわら・つぶてなむどを、よくこがねとなさしめむがごとしとたとへたまへるなり。摂取のひかりとまふすは、阿弥陀仏の御こころにおさめとりたまふゆへなり。文のこころはおもふほどはまふしあらはし候はねども、あらあらまふすなり。ふかきことはこれにておしはからせたまふべし。この文は慈愍三蔵とまふす聖人の御釈なり。震旦には恵日三蔵とまふすなり。

 (現代語訳) 「能令瓦礫変成金」の「能」は「よく」ということで、「令」は「させる」ということ、「瓦」は「かわら」で、「礫」は「つぶて」、「変成金」の「変成」は「かえなす」ということ、「金」は「こがね」です。瓦や礫を黄金にかえなすようなものと譬えているのです。猟師や商人のようなものは、みな石、瓦、礫のようなわれらです。如来の御誓いを二心なく信じれば、摂取の中におさめ取っていただき、必ず大いなる悟りを開かせていただけることは、猟師や商人など石や瓦、礫のようなものが、黄金としていただけるようなものと譬えているのです。摂取の光と言いますのは、阿弥陀仏の御心におさめ取っていただけるからです。文のこころは思うようには申し表せませんが、およそのところを申し述べました。深い意味はここから推し量ってください。この文は慈愍三蔵といわれる聖人の注釈です。中国では恵日三蔵と申されます。


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