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『唯信鈔文意』を読む(その96) ブログトップ

本文12 [『唯信鈔文意』を読む(その96)]

(2)本文12

 「極楽無為涅槃界」といふは、極楽とまふすはかの安楽浄土なり。よろづのたのしみつねにして、くるしみまじわらざるなり。かのくにおば安養といへり。曇鸞和尚はほめたてまつりて安養とまふすとこそのたまへり。また『論』には「蓮華蔵世界」ともいへり。「無為」ともいへり。涅槃界といふは、無明のまどひをひるがへして、無上涅槃のさとりをひらくなり。界はさかいといふ、さとりをひらくさかいなり。大涅槃とまふすに、その名無量なり。くはしくまふすにあたはず。おろおろその名をあらはすべし。涅槃おば滅度といふ、無為といふ、安楽といふ、常楽といふ、実相といふ、法身(ほっしん)といふ、法性(ほっしょう)といふ、真如といふ、一如といふ、仏性といふ、仏性すなわち如来なり。この如来、微塵世界にみちみちたまへり、すなわち一切群生海の心なり。

 (現代語訳) 「極楽無為涅槃界」の「極楽」と言いますのは、あの安楽浄土のことです。あらゆる楽しみが絶えず、苦しみは混じりません。その国を安養とも言います。曇鸞和尚はその国をほめたたえて安養と言うとおっしゃいました。また『浄土論』では「蓮華蔵世界」と呼ばれています。また「無為」とも言います。「涅槃界」と言いますのは、無明の迷いから覚めて、無上涅槃の悟りをひらくということです。「界」とは世界ということ、悟りをひらく世界です。大いなる涅槃を表す名前は無数にあります。詳しく言うことはできません、おおよそのところ、その名を上げてみましょう。涅槃を、滅度といい、無為といい、安楽といい、常楽といい、実相といい、法身といい、法性といい、真如といい、一如といい、仏性といい、仏性とはすなわち如来です。この如来はあらゆる世界にみちみちておられます。すなわち生きとし生けるものの心(いのち)です。


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