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他の力で何かをするのも自力 [『唯信鈔文意』を読む(その178)]

(13)他の力で何かをするのも自力

 「他力を当てにしていてはダメだよ、自力でやろうとしなきゃ」と言うときは、そういう意味です。さてしかし、ここが肝心なところですが、「他の力で何かをすること」もつまるところ自力ではないでしょうか。
 翻って考えてみますと、「自らの力で何かをすること」と言っても、純粋に自らの力だけということはありえず、そこには多少とも他の力が入っています。よく言われるように、人はひとりでは生きることができず、そこには誰かの支えが必ずあります。
 その逆に「他の力で何かをすること」と言っても、そこに自らの力がなければ「何かをすること」にはなりません。
 「何かをする」には、まず自分がそれを「しよう」と思わなければなりません。そうでなければ、それは何かをしたことにはなりませんし、また何もすることができません。ぼくが教師として痛感させられたのは、分かろうとする気持ちのない生徒に、どれほど手を尽くしても分からせることはできないということです。
 分ろうとする気持ちはあるが、なかなか分からないという生徒にはいろんな手が打てます。でも、端から分かろうとしない、分かりたくない生徒はどうしようもありません。ものごとを理解するためには、まず理解しようという意志が必要です。このような意志があってはじめて「他の力で何かをすること」もできるのです。この意志は「自らの力」ではないでしょうか。
 同じように、重い病気を患う人を周りの人たちがどれほど生きながらえさせてやりたいと思っても、本人が生きながらえたいと思わないことにはどうにもなりません。本人の生きながらえたいという願いがあって、はじめて周りの生きながらえさせてあげたいという願いが実るのです。

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