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『一念多念文意』を読む(その43) ブログトップ

本文6 [『一念多念文意』を読む(その43)]

            第4回 いづくんぞ思議すべきや

(1)本文6

 『浄土論』曰(じょうどろんにいはく)、「経言(きょうにのたまはく)、若人但聞彼国土清浄安楽(にゃくにんたんもんひこくどしょうじょうあんらく) 剋念願生(こくねんがんしょう) 亦得往生(やくとくおうじょう) 即入正定聚(そくにゅうしょうじょうじゅ) 此是国土名字為仏事(しぜこくどみょうじいぶつじ)、安可思議(あんかしぎ)」とのたまへり。この文のこころは、もしひと、ひとへにかのくにの清浄安楽なるをききて、剋念してむまれむとねがふひとと、またすでに往生をえたるひとも、すなわち正定聚にいるなり。これはこれ、かのくにの名字をきくに、さだめて仏事をなす、いづくんぞ思議すべきや、とのたまへるなり。安楽浄土の不可称・不可説・不可思議の徳を、もとめずしらざるに、信ずる人にえしむとしるべし、となり。

 (現代語訳)『浄土論註』に「経にのたまはく、もし人ただかの国土の清浄安楽なることを聞きて、剋念して生ぜんと願ぜんものと、また往生を得るものとは、すなはち正定聚に入ると。これはこれ国土の名字仏事をなす。いづくんぞ思議すべきや」と説かれています。これは、「もし、かの浄土がいかに清浄で安楽であるかを聞き、心からその浄土に生まれたいと願う人があれば、またすでに往生している人も、ただちに正定聚の位に入ることができるのです。これはかの浄土の名を聞くだけで、その名が人々を救う仏の働きをしているのです。どうして思いはかることができましょうか」と説いています。安楽浄土が持っている、称えることも、説くことも、思いはかることもできない徳を、それを求めることも知ることもなくても、本願を信じる人に得させてくださるということです。

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