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苦しみの自己増殖 [『浄土和讃』を読む(その175)]

(8)苦しみの自己増殖

 ぼくらは「欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ、おほくひまなくして」という病気を抱えています。前にも言いましたように、この病気は風邪と同じで、その原因を叩くことができず、ただそれによる症状を抑えることしかできません。苦しみを抑えながら、煩悩が軽微になるのを待つしかないのです。
 ぼくらの内に巣くう煩悩をよくよく観察しますと、あるきっかけで起こった「いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ」は、そのまま放っておきますとどんどん自己増殖して手がつけられなくなります。暗いこころはますます暗くなっていくのです。さてそこに南無阿弥陀仏というくすりがありますと、この病気の症状を抑えてくれます。もうどうしようもなく暗いこころに、「お前を必ず救う」という声が灯りをともしてくれ、この自己増殖の悪循環を断ち切ってくれる。
 そして苦しみは、その自己増殖が止んだ途端に苦しみであることをやめるのです。
 病苦の耐え難さは、これからどんどんひどくなっていくのだろうと思うところにあります。がんになった人の話で深く頷かされるのは、最初にがんを宣告されることよりも、一旦は治ったはずのがんが再発したとき、ほんとうに落ち込むということです。苦しさはその終わりが見えさえすれば、さほどのものではないが、いつまでも終ることなく、それどころかますますひどくなっていくだろうと思うとき、こころがポッキリ折れてしまうということです。
 南無阿弥陀仏(「そのままのお前を必ず救う」の声)は、煩悩の苦しみの自己増殖を断ち切ってくれます。そして苦しみが次第に収まるなかで、煩悩そのものも軽微になっていくのです。

タグ:親鸞を読む
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